Group history
グループの歩み
Innovation
北陸建工グループの歴史
北陸建工グループは、前身の黒信工業の船のマスト製造から始まり、『鉄の加工』を事業の中核とし、「分社化⇒独立採算制』でグループの業容を拡大してきました。
船のマスト
- 1957年:通信工業を創業
工場の鉄骨や船のマストを製造
照明鉄塔
- 1977年:北陸建工設立船のマストを造る技術を応用し、照明鉄塔の製造を開始
- 1986年:明治神宮球場の照明鉄塔を製作
- 2009年:新広島市民球場・阪神甲子園球場
北陸溶断 設立
- 1980年:切板部門を分社化
- 1984年:二次加工部門新設
- 1989年:安田企業団地に工場新設
北陸高周波 設立
- 1989年:高周波曲げ部門を分社化
- 1994年:現工場へ移転
佐賀と合併し北陸鋼産へ
- 2009年:株式会社佐賀と合併
- 2014年:射水工場を北野工場へ集約
北陸興業 設立
- 1990年:H形鋼製造分を分社化
- 1997年:現工場へ移転
特殊鉄鋼構造物(特殊形状建築)
- 2004年:リゾナーレ小淵沢開閉式式場
- 2008年:モード学園スパイラルタワー
- 2012年:大阪駅北口駅前広場
- 2014年:駒沢オリンピック公園
- 2016年:新横浜排気塔
特殊鉄鋼構造物(大空間建築)
- 2019年:四日市総合体育館モード学園スパイラルタワー
- 2020年:日環アリーナ栃木駒沢オリンピック公園
- 2023年:横浜BUNTAI
- 2024年:エディオンピースウイング広島
現在に至る
Vison
建工グループの将来ビジョン
鉄の可能性をひらく、技術がある。
北陸建工グループは、鋼構造物の一貫製作をおこなうファブリケーターです。グループ各社が有する、切断、曲げ、溶接、加工製作の技術を有機的・機動的に連携させることで、すべてのお客様に“新たな価値”をご提供する総合力を実現しています。
“新たな価値”のカギとなるのは、鋼の可能性を最大限にひらく技術です。これを開発するため、想像力、創造力、判断力を備えた人材を育て活かすとともに、グループ各社のナレッジやノウハウを共有し、技術の進化と深化、および継承を常におこなっています。北陸建工グループはこれからも、技術本位の企業連合体を志向しつづけ、活力ある組織づくりの推進、グループ各社の共存共栄を積極的に図って、企業活動の永続と発展を達成していきたいと考えています。